生年 | 980年 |
---|---|
没年 | 1011年 |
氏族 | 天皇家 |
官位 | 第66代天皇 |
職業 | なし |
法名 | 精進覚、妙覚 |
別名 | 懐仁親王、永延帝 |
一条天皇の家族構成
父 | 円融天皇(守平親王) |
---|---|
母 | 藤原詮子(藤原兼家の娘) |
兄弟 | なし |
配偶者 | 皇后:藤原定子(藤原道隆の娘)、藤原彰子(藤原道長の娘) 女御:藤原義子(藤原公季の娘)、藤原元子(藤原顕光の娘)、藤原尊子(藤原道兼の娘) 愛妾:御匣殿(藤原道隆の娘) |
子 | 脩子内親王、敦康親王、媄子内親王、後一条天皇(敦成親王)、後朱雀天皇(敦良親王) |
一条天皇の概要
一条天皇の逸話
- 横笛の名手だったといわれる
- 大変猫好きであり、愛猫を「命婦の御許」と名付け可愛がっていた
一条天皇の生涯
- 980年、生誕
- 984年、花山天皇が即位した際に、皇太子となる
- 986年、花山天皇が藤原兼家の起こした寛和の変で譲位し、わずか7歳で即位すると従兄にあたる居貞親王が皇太子となり、兼家が摂政に就任する
- 990年、藤原兼家が死去するとその息子・藤原道隆が摂政に就任する
- 995年、藤原道隆が死去するとその弟・藤原道兼が関白に就任するが、就任後まもなく死去する。その後、道隆の子・藤原伊周との争いに勝利した道隆・道兼の弟・藤原道長が姉で天皇の生母・藤原詮子の推挙を受け、内覧となって実権を握る
- 1011年、病を患ったため三条天皇に譲位し、出家するが間もなく崩御する。享年32
光る君への一条天皇
- 幼少期(石塚陸翔さん)は第2回「めぐりあい」で初登場