藤原道隆(ふじわらのみちたか)|井浦新
生年 | 953年 |
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没年 | 995年 |
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氏族 | 藤原北家九条流 |
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官位 | 正二位、摂政、関白、内大臣 |
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職業 | 公卿 |
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法名 | なし |
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別名 | 中関白 |
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藤原道隆の家族構成
藤原道隆の概要
藤原道隆の逸話
- 「大鏡」や「枕草子」などによれば、大酒飲みで軽口を好んだ朗らかな人であったといわれる
- 酒の飲み過ぎが死因だといわれる
藤原道隆の生涯
- 953年、生誕
- 984年、円融天皇が花山天皇に譲位すると、従三位に叙任され、東宮となった懐仁親王の春宮権大夫に任じられる
- 986年、父・藤原兼家は寛和の変を起こし、一条天皇が即位し兼家が摂政となり、道隆は正三位権中納言から従二位権大納言へ一気に引き上げられる
- 987年、従一位に叙任されるところを嫡男・藤原伊周の正五位下に叙爵されるために譲る
- 989年、内大臣に任官される
- 990年、長女・藤原定子を一条天皇の女御として入内させる
- 同年、父・藤原兼家が病のために関白を辞任すると代わって関白、次いで摂政となると程なくして父・兼家は死去する
- 991年、内大臣を辞任して弟・藤原道兼に譲る
- 993年、再度関白となる
- 995年、次女・藤原原子を皇太子・居貞親王へ嫁がせる
- 同年、病に倒れ一条天皇に要請して嫡男・藤原伊周を内覧とし後継者にしようとしたが、病中の内覧のみ許され、関白を譲ることは許されなかった。出家するとまもなく死去する。享年43
光る君への藤原道隆