森 可成(もり よしなり)

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    森可成の肖像画
    出典:Wikipedia:宇佐山の戦いで織田信治を抱えて勇戦する森可成(落合芳幾作)
    生年1523年
    没年1570年
    主君土岐頼芸→織田信長
    拠点・知行美濃金山城
    官位・役職
    幼名
    法名
    別名満、与三、三左衛門、三左衛門尉

    森可成の家族構成

    森可行
    青木秀三の娘または大橋重俊の娘
    兄弟可成、可政
    正室営(妙向尼。林通安の娘)
    側室
    可隆、長可、成利(蘭丸)、坊丸、力丸、忠政
    親族

    森可成の逸話

    森可成の生涯

    • 1523年、生誕
    • 1554年、それまで使えていた美濃守護大名・土岐氏が斎藤道三に滅ぼされ、尾張・織田信長に仕える
    • 1555年、織田信長による清州城攻めに従軍し、織田信友を討つ戦功を挙げる
    • 1556年、美濃で斎藤道三と斎藤義龍が戦うと道三を援助し、負傷しながらも撤退する
    • 同年、織田信長とその弟・織田信行の間に起きた稲生の戦いに従軍し多大な戦功を挙げる
    • 1558年、織田信長と守護代・織田信安との間に起きた浮野の戦いに従軍する
    • 1560年、今川義元を攻めた桶狭間の戦いに従軍する
    • 1565年、美濃金山城を与えられる
    • 1568年、勝龍寺城の戦いでは柴田勝家・蜂屋頼隆・坂井政尚と共に先鋒を務める
    • 1570年、浅井長政・朝倉義景連合軍との姉川の戦いに従軍するが、信長の弟・織田信治・近江の国人・青地茂綱と共に討死する。享年48
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