斎藤 利三(さいとう としみつ)

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    斎藤利三の肖像画
    出典:Wikipedia:「太平記英勇伝五十四:齋藤内蔵助利三」(落合芳幾作)
    生年1534年
    没年1582年
    主君松山新介→斎藤義龍→稲葉一鉄→明智光秀
    拠点・知行丹波黒井城
    官位・役職
    幼名
    法名
    別名内蔵助

    斎藤利三の家族構成

    斎藤利賢
    蜷川親順の娘
    兄弟石谷頼辰、利三、三続
    正室斎藤道三の娘
    継室:安(稲葉家の娘)
    側室
    利康、利宗、三存、七兵衛
    親族

    斎藤利三の逸話

    • 優れた軍師であり、高い教養も兼ね備えており、堺の豪商・津田宗及と茶の湯を嗜んだ
    • 娘・福は後に徳川家光の乳母となり春日局を名乗る

    斎藤利三の生涯

    • 1534年、生誕。明智光秀に召し抱えられるようになると丹波平定後、1万石を与えられ、丹波黒井城主となり氷上郡を統治する
    • 1582年、明智光秀が本能寺の変を計画すると、初めは明智秀満とともに反対するが、主君の命令には逆らえず参加する。
    • 本能寺の変で織田信長・織田信忠・義弟だった斎藤利治を討つが、備中から戻ってきた羽柴秀吉との山崎の戦いでは敗走する。
    • 光秀の重臣・猪飼秀貞の領地だった近江志賀郡・堅田に潜むが、秀貞に騙されて捕縛され秀吉に突き出されると、市中引き回しのうえ六条河原で処刑される。享年49
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